目の眼
先日のブログで 「時間とお金」の捉え方、について という記事がありました。 お金と時間、生きて行く中で誰もが 必ず、関わって行くもの。 「時間とお金、貴方はどう捉えていますか?」 という問いを考えながら、、
お金と時間は=なのではないか、、 と。そんな事が頭に浮かんできました
皆、意識して考えずとも この値段を払う価値があるものか これをする為に時間を使うべきか と、考えて行動、選択を していると思うのです。 今こうして、 この記事を書く時間も 私は自ら選択しているという事になりますが なにせ 「人は自分の好きな事しかしない」 とのこと、、。 良いと選択し、自分の人生の時間を 今ここに当てているわけです。 時間に対し、お金を払う、。 病気が見つかり、治療を受けるのも 少しでも長く生きる為に。 人生の残りの時間を伸ばす為に お金を払って治療を受ける。 大袈裟に言えば、 時間をお金で買っている。 物で言い換えると 作り手の人生のどれだけの時間を掛けて 作られたか。 商品を作る、作り手の人生の時間に 見合った値段を払う。 人の人生の時間を費やして 出来た物を、 自分の人生の時間を費やして得たお金で 買う、わけですね。 「良いものを見る」という事は 観る力を養うという事。 良い物を知れば、 それに出会ったその時にこそ お金を使いたくなる。 物に執着しているようで、、 まったくしていない、生き方。

自分の人生の"時間"を 何に使うかで、 "お金"を使う対象が変わる。