躓く石も縁の端
石につまづくとう言うようなちょっとしたことも
前世からの約束事である。
袖すり合うも他生の縁と同じようなお言葉です。
わたくしも最近はこの言葉を強く体感することが多くなりました。
ここ、小苦樂では
ゆっくりとした時間が過ぎてゆく。
懐かしい。
東京じゃ無いみたい。
というお声をたくさんいただきます。
お客様とお話ししていただけることが何よりこの言葉を強く感じるひと時です。

人には添うてみよ、、、
人にはきいてみよ、、、
わたくしが昔から習い事ばかりしていたためか、
人にものを尋ねるということにあまり抵抗がない性分のようで。(悪しからず)
「このお方は、どんなことを考えておられるのかしら」
「このお方ならば、このことをどうお思いになるのかしら」
人間観察がお好き、と言われる方をよく耳にいたしますが、
わたくしはもう観察を通り越しておりますね。^0^
いつも、一つ一つに意味があり、これは決まっていることなのだと思うことが、なぜか物事を楽に楽しくさえることもあるようです。
嫌なことや、疑問に対しても、逃げることなく。。
逃げることも決まっていることなのかもしれません。
しかしながら、一旦立ち止まって、
逃げない自分だとしたら?
ここで立ち止まっている自分だとしたら?
ここから迷う自分は?
そして、この決断をしなかった自分が。。。
この過程も決まっているのだとしたら。
俯瞰して見ることができそうではないですか?